シドニーで友達になった現地生まれのオージーは、私が日本人ということもあり、日本に興味を寄せる人が多い。
あるローカル男性は、イギリス生まれの両親をもち、シドニーで育った20代である。
彼は10代前半から日本語を学び始め、そのすぐ後に韓国語の学びもスタートし、いまや3ヶ国語を自在に操る稀有な人材で、将来の夢は通訳だという。
国籍だけで「嫌い」認定する人たち
そんな彼は日本と韓国の文化が大好きで、
絶対に両国に住む!
と強く宣言するほどなのだが、日本と韓国の両方に共通する悲しい事実があるとすれば、
出自の情報だけで相手を『嫌い』と公言する人が、ほんの僅かだがいること
だそうだ。
彼が博多で、ある日本人男性に将来の夢を語ったとき、
日本に住みたいのか、韓国に住みたいのかどっちなん?
俺は韓国人が嫌いだから韓国人ってだけで口も聞きたくないけどね
と面罵され、ひどく傷ついたという。
彼に何があったかはわからないが、さすがにその言い方はレイシズムと言われても仕方がないね
と私は友達をフォローしたが、
韓国でも似たような経験がある
と、彼は沈んだ顔で首を横に振った。
レイシズムは無意識にやってくる
ただ彼は、将来、実際に韓国か日本か選ばなければならない状況が来ないとも言えないと付け加えた。
それならどちらを選ぶのかとあえて聞いてみると、「たぶん日本かな」という。
韓国では「俺は白人が嫌い」と面と向かって言われたことがあるらしく、
あなたは目がついてますか?白人の私、目の前にいますけど!
と絶叫したくなったのを噛み殺したという。
男性らしさや女性らしさに対する社会的な期待という面でも、韓国はオールドなジェンダー観により強く根ざしていると彼が感じたことも理由だそうだ。
この会話で私の頭に浮かんだのは、これが単に「日韓でレイシズムがゼロである」とは言えないことを裏付ける小さな事例ということ以上に、
レイシズムや性差別は無意識のうちに明るみに出るのではないか
という仮説である。
事実、だれも自分のことをレイシストとは言わないし、言いたくないはずだが、それでも白人の目の前で「白人が嫌い」と言う人がいる。
「私もそうかも」から始めたい
白状しなければならないのは、そんなことはとてもできないと思う自分だって、
日本人とは日本で会話できるけど、オーストラリアにいる今はオーストラリア人と会話したい。その方が自分にとって有益だし
と、ある白人に言ったことがある。
確かに国や性別といった属性は大きな指標にはなるが、属性はどこまで行っても属性でしかない。
「その人らしさ」というものは、会話でお互いの心を通わせて初めて分かるはずである。
私のくだんの発言は、属性だけで「話す価値がない」と人をジャッジする姿勢を自ら公言しているようなものだったかもしれないと反省した。
レイシズムに自覚的な次世代
……というようなことを韓国居酒屋で呑みながら彼に話したところ、彼は「自分を点検する姿勢って大事……」と途中まで言いかけて、目線の先のテレビを凝視した。
テレビに映されていたのはアイドルグループTWICEのミュージックビデオだった。
TWICEが大好きなんだよね。日本人と韓国人が一緒に歌ってるから
女の子が足並みを揃えて歌い踊る映像を、しばらく2人で無言でみていたら、彼がポツリと付け加えた。
俺ね、母親から「なんでアジアの言葉なんて勉強してるのよ」と毒づかれたことがあるんだ
聞けば、彼の母親は「生粋のイギリス人」だという。
シドニーで生まれた彼がオーストラリアのアクセントを学校の友達から覚えてくるたびに、家で「ちゃんとした英語を話しなさい」と叱られたほどだそうだ。
イギリスは第二次世界大戦で日本と敵対関係にあった歴史もあり、
その時にはお母さんの家族はコメも食べなかったのよ。
日本の食べ物だから
と教わったらしい。
私が唖然としていると、TWICEが歌い終えて笑顔を見せた。
まぁ、今では母親の前ではわざとオーストラリア訛りを強めて、母親を発狂させるのが爆笑!って感じなんだけどね
と彼は笑った。
無意識のレイシズム。
それは日本や韓国だけではなく、イギリスでも、ヨーロッパでも、そして世界中に蔓延っている。
だれもレイシズムと無関係でいることはできないのかもしれないが、少なくとも、レイシズムに無自覚な母親から、レイシズムに自覚的な彼という存在が産まれたことに、時代の潮流と微かな希望の兆しを感じたのである。